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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)6733号 判決

原告

平林信幸

右訴訟代理人弁護士

奥野信悟

被告

サンド株式会社

右代表者代表取締役

フェリックス・ホール

右訴訟代理人弁護士

林藤之輔

夏住要一郎

間石成人

右当事者間の頭書請求事件について、当裁判所は、昭和五八年四月五日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一  被告は原告に対し、金二二二万九一九〇円とこれに対する昭和五六年一〇月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その五を被告の、その余を原告の、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

一  申立

1  原告

(一)  被告は原告に対し、金二六六万二二六〇円とこれに対する本訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決、並びに、右(一)についての仮執行宣言。

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

二  主張

1  原告の請求原因

(一)  (雇用関係)

原告は、被告と雇用契約を結んで、昭和四九年七月一日被告に入社し、昭和五四年四月一日課長に昇進したが、昭和五六年八月三一日を以って被告を退職した。

(二)  (時間外勤務等の時間数)

原告が被告において課長として勤務した期間のうち、昭和五四年八月から昭和五六年七月までの間についての時間外・深夜・休日勤務(代休をとった場合を含める。以下同じ)の各月毎の時間数は、原告のタイムカードに基づき計算すると別紙勤務時間表記載のとおりとなり、これが即ち右期間中の原告の右各勤務の時間数であった。

(三)  (時間外勤務手当等についての労働協約)

原告が被告の従業員であった当時、原告の所属していた労働組合と被告との間には労働協約(以下適宜、本件労働協約という)が結ばれていて、それには、時間外・深夜・休日勤務に対し、次記算式で計算した額の手当を支給する旨の規定(以下適宜、本件支給規定という)が存した。

基本給×当該割増率×当該労働時間数/一六七

(但し、右割増率は、別紙割増賃金表(原告計算分)中の、割増率欄記載の数値である。)

(四)  (時間外手当等の額)

右(三)の労働協約所定の右支給規定に従って、原告の右(二)の時間外・深夜・休日勤務の手当の額を計算すると、別紙割増賃金表(原告計算分)のとおりとなり、その合計額は金二六六万二二六〇円となる。

(五)  (本訴請求)

従って、原告は被告に対し、右時間外・深夜・休日勤務手当合計金二六六万二二六〇円とその遅延損害金(訴状送達の翌日起算、民法所定年五分の割合によるもの)との支払を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因(一)(雇用関係)の事実は認める。

同(二)(時間外勤務等の時間数)の事実のうち、タイムカードに基づき計算した原告の昭和五四年八月から昭和五六年七月までの間の毎月毎の時間外、深夜、休日の勤務時間数が原告主張のとおりとなることは争わないが、右時間数どおり原告が実際に勤務したことは争う(具体的な実働時間数は主張しない)。

同(三)(本件労働協約所定の本件支給規定)の事実は認めるが、これが原告に適用されることは争う。

同(四)(時間外手当等の額)は争い、その計算関係については、予備的に、後記3被告の抗弁等(四)のとおり主張する。

同(五)(本訴請求)は争う。

3  被告の抗弁等

(一)  (本件支給規定不適用)

本件労働協約、及びこれと同旨の被告の就業規則では、時間外・休日勤務の手当は、課長職にあるものには支給されず、その代わりに定額の役職手当が支給される旨の定めとなっていた(以下適宜、本件支給除外規定という)(労働協約一〇条、一一条の各〈1〉但書、九条)。

また、本件労働協約所定の深夜勤務手当については、課長職にあるものには支給されない旨の明文の規定は存しないが、被告において、これまで課長職にある者に同手当を支払った例も、その支払請求を受けた例もなく、課長職にある者には同手当が支給されないことが、慣習として定着していた(以下適宜、本件支給除外慣行という)。

従って、原告の被告課長在職当時の時間外・深夜・休日勤務について、本件労働協約(及びこれと同旨の被告就業規則)所定の本件支給規定による時間外・深夜・休日勤務の手当の請求権は、発生しない。

(二)  (管理監督者として労働基準法三七条不適用)

原告は被告の課長として、労働基準法四一条二号所定の管理監督の地位にあったものであり、このことは、次の〈1〉、〈2〉の点からも明らかである。

〈1〉 原告は、被告大阪工場の課長として、職員の採用や勤怠状況の監督などの人事・労務問題に関与し、生産会議や代替休日に関する会議等の右工場の運営上重要な会議に出席するとともに、自らの責任において単独で判断しての仕事も行なっていたのであり、これらの点は、原告が右課長昇進前の仕事内容とは異なっていた。

〈2〉 原告は、右課長在職当時、自己の労働時間の管理を一任されており、その勤務すべき時間について上司から逐一指示されることもなく、原告自らの判断で自由に勤務時間を設定していた。なお、原告は、右課長昇進後もタイムカードを打刻していたが、これによって、欠勤・早退・遅刻等の勤怠状況がチェックされていた訳でも、給与・賞与に影響していた訳でもなく、無意味なものであって、現に、被告では、昭和五七年四月に課長等役職者のタイムカードは廃止された。

従って、原告の右課長在職時の時間外・深夜・休日勤務については、労働基準法三七条所定の割増賃金の規定の適用はなく、同法所定の右割増賃金の請求権も発生しない。

(三)  (時間外等の労働の不存在)

(1) 原告が被告課長在職時の勤務については、原告の所属長である被告大阪工場長代理兼製造部次長林康雄が原告に対し、原告主張の時間外・深夜・休日勤務を指示した事実は全くなかった。

本件労働協約所定の本件支給規定、或いは、労働基準法三七条、による時間外・深夜・休日労働の割増賃金の支給対象となる労働は、使用者の指示に基くものに限られるところ、原告の場合は、上司の指示に基く時間外等の勤務は存せず、すべて自らの判断に基くものであったから、右支給対象となる労働に該当しない。

(2) 被告大阪工場においては、タイムカードの打刻は、実労働終了時点で為されるものではなく、実労働終了後、更衣・入浴その他の私用を終えて工場を出門する時点で為されていた。

原告は、タイムカード打刻時刻の記録により、勤務時間を算定しているが、そのなかには、賃金支給の対象とならない時間が相当含まれており、右打刻の記録に基づき原告の時間外労働等の時間を算出することはできない。

(3) 従って、原告の時間外等の労働は不存在、或いは存在の証明がない、ということになるので、原告は被告に対し、本件労働協約又は労働基準法三七条所定の割増賃金を請求する権利はない。

(四)  (割増賃金の算定方法)

仮に、原告に対し、原告主張の時間外・深夜・休日勤務についての賃金(基準及び割増)を支給すべきものとした場合であっても、原告は役職者である課長であって、本件労働協約所定の本件支給規定は適用にならないから、その算定方法は、労働基準法三七条によるべきである。

そして、労働基準法三七条に従えば、原告主張の別紙割増賃金表(原告計算分)の計算は、前記〈1〉乃至〈3〉の点を修正すべきであり、右三点を修正した計算は、別紙割増賃金計算表(被告計算分)のとおりとなり、その合計額は金二二四万二五四九円となる。

〈1〉 深夜業手当に関する割増率を、本件労働協約所定の〇・五から、労働基準法所定の〇・二五に、修正。

〈2〉 代休をとらない場合の休日勤務手当に関する割増率を、本件労働協約所定の二・二五から、労働基準法に従った一・二五に、修正。

〈3〉 代休をとった場合の休日勤務手当については、労働基準法上、支給を要しないから、その割増率は、本件労働協約所定の率を〇に修正。

(五)  (一部弁済)

原告は、被告大阪工場課長に昇進後、本件労働協約所定の時間外・深夜・休日勤務の各手当が支給されなくなり、それと同時に、役職手当の支給を受けていたが、原告は、本訴で請求する期間中、右役職手当として毎月金一万八〇〇〇円ずつ二四ケ月、計金四三万二〇〇〇円を受領した。

右役職手当は、時間外等の勤務に対する手当の代替としての意味を有するものであった。

従って、仮に、被告が原告に支払うべき時間外等の手当(割増賃金)が存するとしても、右役職手当分計金四三万二〇〇〇円は、支払済として、控除されるべきである。

(六)  よって、被告は原告の右未払賃金(割増賃金)の支払請求には応じられない。

(七)  なお、後記被告の反論については、(二)(1)〈2〉、〈3〉中の、原告が被告課長昇進後も労働組合員として留まり、かつ、タイムカードの打刻を続けた、との点は認め、その余は、いずれも争う。

4  抗弁等に対する原告の認否及び反論

(一)  (認否)

被告の抗弁等(一)(本件支給規定不適用)については、その前段(本件支給除外規定の存在)は認め、その余(本件支給除外慣行の存在等)は争う。

同(二)(管理監督者)については争う。

同(三)(時間外等の労働の不存在)は争う。

同(四)(割増賃金の算定方法)は争う。

同(五)(一部弁済)については、その前段(役職手当支給)は認め、その余は争う。

(二)  (反論)

(1) 管理監督者該当性について

原告は被告課長ではあったが、次の〈1〉乃至〈3〉の点に照らし、労働基準法四一条二号にいう管理監督者に該当しない。

〈1〉 原告は被告において労働者の労働条件決定に関与したことはなく、その担当業務も従前と変わりがなかったこと。

〈2〉 原告は課長昇進後も労働組合員として留ったこと。そして、これにつき、被告は何ら異議を述べず、脱退勧告等もしていなかったこと。

〈3〉 原告は課長昇格後もタイムカードの打刻を続けていたこと。原告は、課長昇進後も被告の管理下に勤務時間の規制を受けていたのであって、自己の勤務時間について一任されていたことはなかったこと。

(2) 時間外等の勤務時間について

原告は、時間外等の勤務をするについて、課長昇進の前も後も、逐一上司の許可を得ていた訳ではなく、上司から命ぜられた仕事を命ぜられた期間に完了させる為に時間外等の勤務をしていたのであって、上司は、自己が命じた仕事の完了に必要な原告の時間外・深夜・休日勤務を黙示的に承認していた。

また、被告はタイムカードの記録に基づき従業員の時間外等の勤務時間を計算し、これに従って賃金計算をしている。

(3) 時間外等の勤務に対する賃金の計算方法について

本件労働協約所定の本件除外規定は、原告が労働基準法四一条二号所定の管理監督者に該当しないから、同法に違反して無効である。

従って、本件労働協約所定の本件支給規定に従って、原告の時間外等の勤務に対する賃金も算定すべきである。

(4) 一部弁済について

原告が被告課長に昇進後、量的に増加した業務に対する報酬であり、課長という地位に対する手当であって、時間外等の勤務に対する賃金とは性質を異にするから、原告の時間外等の勤務に対する賃金の一部に充当されるものではない。

三  証拠

証拠関係は一件記録中の書証人証等目録記載のとおりであるから、それをここに引用する。

理由

一  時間外勤務等の存否及び時間数について

1  原告が当時被告課長であったことを含めた本件雇用関係(請求原因(一))、原告の被告における当時の毎月毎の時間外・深夜・休日勤務の時間数をタイムカードの記録によって計算すると、別紙勤務時間表記載のとおりとなること(請求原因(二)の一部)、については、当事者間に争いがない。

そして、タイムカードは、通常、従業員の勤務時間の始期・終期を明らかにする目的で、その記録が為されるものであるうえ、証人横田清(被告経理部次長代理)の証言によれば、被告は現実には専らタイムカードの記録に従って時間外勤務等の時間数をチェックし計算していたとみられること、また、成立に争いのない甲第一号証(賃金に関する付属協定等)、同乙第二号証(労働協約)によれば、被告における時間外・休日勤務の時間数計算は、最低三〇分、以降一五分単位で端数切捨とされていたこと、がそれぞれ認められ、これらの点によれば、たとえ、勤務時間終了時とタイムカードの退場打刻時との間に多少のずれがあったとしても、右単位未満の切捨計算によって調整されていた、とみるのが相当であるから、特段の事情がない限り、右タイムカードの記録に従って計算された時間数をもって原告の時間外・深夜・休日勤務の時間数と推認するのが相当である。

2  ところで、被告は、時間外等の勤務といえるには上司の指示によるものであることを要するところ、課長昇進後の原告に対しては、かかる指示は為されていないから、原告の時間外等の勤務は不存在である旨主張(被告の抗弁等(三)(1))するが、この点については、証人林康雄(被告大阪工場長代理兼製造部次長)の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告が被告課長に昇進後も時間外等の勤務については所属長である右林次長の許可が必要であったところ、林次長は、逐一原告の時間外等の勤務の指示・許可をしていた訳ではないが、原告に仕事を与えるときに必要時間等を把握していて、時間外等の勤務についての黙示的な許可を与えていた、ということであるから、右被告の主張は、その余の検討をするまでもなく失当である。

3  更に、被告は、タイムカードの打刻の記録は単に被告大阪工場への入・退場時刻の記録に過ぎず、勤務終了後に更衣・入浴・その他私用で時間を費してから退場するのが通常であるから、右打刻の記録に従って算出した時間数は、実労働時間数(具体的には主張しない)とは異なる旨主張(被告の抗弁等(三)(2))するが、この点については、右1の推認を左右するに足る具体的事例についての主張立証もないから、右1の事実に照らし、右被告の主張は採用できない。

4  従って、本件主張立証上、原告の昭和五四年八月から昭和五六年七月までの間の被告における各月毎の時間外・深夜・休日勤務の時間数は、別紙勤務時間表記載のとおりというべきである。

二  本件支給規定適用の有無について

1  本件労働協約の時間外・深夜・休日(代休をとった場合を含む)勤務手当の支給規定(本件支給規定)(請求原因(三))については、当事者間に争いがない。

そして、課長については右支給規定のうち時間外・休日勤務手当につき適用除外規定(本件支給除外規定)が存すること(抗弁(一)(1))は当事者間に争いがなく、また、課長については右支給規定のうち深夜業手当につき適用除外の慣行(本件支給除外慣行)が存すること(抗弁(一)(2))は、前記証人横田清の証言及び弁論の全趣旨により、その事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

2  然るところ、右支給除外規定及び慣行について、原告はこれらが労働基準法三七条に違反し無効である旨主張(抗弁等に対する原告の認否及び反論(二)(3))するのに対し、被告は、原告が同法四一条二号所定の管理監督者に該当し同法三七条の適用を除外されるので、右支給除外規定及び慣行は有効である旨主張(被告の抗弁等(二))するので、まず、この点につき検討する。

(一)  (原告の労働基準法四一条二号該当性)

(前提事実)

(1) 次の〈1〉、〈2〉の事実は当事者間に争いがない。

〈1〉 原告は被告課長に昇進後も従前通り労働組合員として留まっていたこと。

〈2〉 原告は被告課長に昇進後も出退時にタイムカードの打刻をしていたこと。

(2) (証拠略)によれば、次の〈1〉乃至〈5〉の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

〈1〉 被告大阪工場の従業員数は約四〇名で内約一〇名が役職者(職長以上)であり、右工場で決定権限を有する管理者は、工場長が常勤でなかった為、実質的には、工場長代理兼製造部次長の林康雄であったこと。

〈2〉 右林次長は、原告を自己の後継者にと考えて採用し課長昇進の実現を図ったこと、しかし、右林次長を含め被告は、原告の課長昇進の際、これによる原告の職務内容・給料・勤務時間の取扱の差異については特段の説明をしていないこと。なお、被告役職者については、本件労働協約により、部長・次長が労働組合員資格のない者とされ、それ以外は、特に協議決定した者(会計、企画人事担当の次長代理、課長、各二名)を除き、全員が労働組合に加入するものとされていたこと。

〈3〉 原告の被告課長昇進後に新たに加わった職務は、右林次長の職務の一部を補佐し、右工場の管理に関する各種会議に出席し、求められれば右工場の生産計画・人事に関する事項につき意見を具申する、というものであったが、これによって仕事の質・量に変化は殆んどみられず、これら及び従前から引続いて担当した職務を含め、原告が自らの責任で被告の重要事項につき決定するというものはなかったこと。

〈4〉 原告が被告課長昇進後の給与面での待遇は、さほど変わらず、ただ、時間外手当等が支給されなくなり、役職手当が支給されるようになったが、差引すれば、むしろ、収入減になっていると推認されること。

〈5〉 原告の被告課長昇進前後の勤務時間に関する取扱は、当時被告大阪工場での右取扱が役職者とそれ以外の者との間で大きな差異がなかった関係上、ほとんど差異がみられないこと。

即ち、被告大阪工場の従業員の勤務時間は、交替勤務者を除き、役職者も含め、午前八時三〇分から午後五時一〇分まで(内休憩時間一時間)であり、時間外勤務等については所属長(原告の場合は前記林次長)の許可を要することとされており、当時は、右林次長を除いて、全員タイムカードの打刻をしていたこと。そして、遅刻・早退については、役職者もそれ以外の者も、甚しいときには懲戒処分や口頭注意となることがある外は、通常の場合は、給与・賞与に影響のない取扱が為されており、取扱上差異が生ずるのは、役職者以外に限り定期昇給の際若干の影響がありうる点位であったこと。

(検討)

(1) 右前提事実をまとめれば、結局、次の〈1〉乃至〈3〉のようにいうことができる。

〈1〉 原告は、被告課長に昇進後は、被告大阪工場内の人事等にも関与したが、独自の決定権を有していたものではなく、上司を補佐し、上司から与えられた仕事をこなしていた域を出ないものであって、被告の重要事項についての決定権限はなかったこと。

〈2〉 原告は、遅刻早退につき賃金カットされたり人事考課に影響を受けたりすることはなかったが、この点は、被告の課長昇進前とさほどの差異のない取扱であり、かつ、事実上の黙認というべきものであって、原告が、労働協約・就業規則に従った勤務時間の拘束を受けていることに変わりはなく、時間外勤務等を含め自己の勤務時間について自由裁量の余地をほとんど有していなかったこと。

〈3〉 原告は、被告課長昇進後も、引続き労働組合員であったこと及びタイムカードの打刻を続けたこと、に象徴的に表われているとおり、その職務内容(質及び量)・給料・勤務時間の取扱等について、右課長昇進前後でほとんど差異がなかったこと。

(2) ところで、労働基準法四一条二号所定の管理監督者とは、同法第三章、第六章所定の労働時間・休日等に関する規制・保護が不必要な類型とされている労働者であって、この趣旨に照らし、一般に、その職務内容・権限からみて経営者と一体的な立場に立って勤務し、これに伴ない自己の勤務時間の管理を含め相応の自由裁量権と待遇を与えられている者と解されているところ、原告の場合、右のとおり、当時被告の課長職にあって役職手当を支給されていたとはいえ、課長昇進前とほとんど変わらないその職務内容・給料・勤務時間の取扱に照らし、被告の利益を代表して右大阪工場の事務を処理するような職務内容・裁量権限・待遇を与えられていたとは到底いえず、被告と一体的な立場に立って勤務し勤務時間について自由裁量権を有していたともいえないから、原告は、労働基準法四一条二号所定の管理監督者には該当しないというのが相当である。

(二)  (本件支給除外規定及び慣行の効力)

右(一)の結論のとおり、原告が当時被告の課長であっても、その実態からみて労働基準法四一条二号所定の管理監督者に該当しない以上、原告の時間外・深夜・休日勤務に対しては、同法三七条に照らし、割増賃金を支給すべきであって、これに反する本件支給除外規定及び慣行(抗弁(一)(1)(2))は同法条に違反し無効である。

3  次に、原告の時間外・深夜・休日勤務に対し被告が賃金(基準内及び割増分)を支給すべき場合、原告は本件協約の支給規定に従った計算によるべき旨主張(請求原因(四)、抗弁等に対する原告の認否及び反論(二)(3))し、被告は、労働基準法三七条所定の計算によるべきであって、これを超える額の支給を定めた右支給規定は適用がない旨主張(抗弁等(四)前段)するので、この点につき検討する。

(一)  前記1及び2(一)(前提事実)(2)〈4〉の各事実によれば本件労働協約及び慣行により原告を含めた労働組合員の時間外・深夜・休日勤務に対する賃金については、役職者(職長を除く)とそれ以外の者との二つの体系が定められていて、役職者(職長を除く)以外の者は時間外勤務と土曜の代休をとらない休日勤務につき労働基準法三七条所定の水準で、休日勤務(土曜の代休をとらない場合を除く)と深夜勤務につき同法条所定の水準を超える水準で、各勤務手当が支給され、課長らの役職者(職長を除く)はこれが支給されずに定額の役職手当が支給されていたといえるが、本件労働協約の趣旨は、この二つの体系以外の体系は予定していないものとみられる。

(二)  ところで、原告との関係では本件支給除外規定及び慣行は無効であって、原告に対し時間外・深夜・休日勤務に対する賃金を支給すべきであるのは、前記2の結論のとおりであるところ、これによれば、原告の時間外等の勤務に対する賃金については、本件労働協約所定の右役職者(職長を除く)の体系によれないことになるから、本件労働協約の右趣旨に照らし役職者(職長を除く)以外の体系によるべきこととなり、また、その支給額を労働基準法所定の計算方法によるとすると本件支給規定の水準以下になってしまう部分(土曜で代休をとらない場合を除く休日勤務及び深夜勤務)については、労働組合法一六条の趣旨に照らし、少なくとも右部分は本件労働協約の水準によるべきこととなる。

(三)  従って、原告の時間外、深夜・休日勤務に対する賃金計算については、本件支給協定を適用して算定すべきであり、これよりも低い水準の部分を含む労働基準法三七条所定の計算方法によるべきではない、というべきである。

三  原告の時間外手当等の算定

1  そこで、右一で認定した原告の時間外等の勤務時間数につき、右二の結論に従って本件協約所定の支給規定を適用し、原告の時間外手当等の額を算定する。

右算定については、その前提となる当時の原告の各月の基本給の額が必ずしも明らかではないが、その計算結果については、双方の主張する別紙割増賃金表(原告計算分)と同表(被告計算分)とを対比させると、右一、二の結論を前提とした場合には、右表(原告計算分)のとおりとなることについて、被告も明らかに争っていないと認められるところである。

従って、本件主張立証上、原告の被告における昭和五四年八月から昭和五六年七月までの間の時間外・深夜・休日勤務の手当各月分の額は、右表(原告計算分)のとおりというべきであり、これによると、右時間外・深夜・休日勤務の手当の合計額は、金二六六万一一九〇円(内訳、時間外勤務手当計金一九五万七四二〇円、深夜勤務手当計金七万一九三四円、休日勤務手当計金六三万一八三六円)と算定される。

2  次に、被告が原告に対し、右期間中、役職手当として、計金四三万二〇〇〇円(月額金一万八〇〇〇円宛)を支給したことは当事者間に争いがなく、これにつき、被告は、原告に対する時間外勤務等についての賃金を支払うべき場合は、右役職手当支給分は、その弁済に充当されるべき旨主張するので、この点につき検討する。

(前提事実)

(一) 前記二1、2(一)、右三1の認定事実及び争いのない事実に、(証拠略)によれば、次の(1)乃至(4)の事実が認められる。

(1) 被告は、課長に対しては、時間外等の勤務の有無を問わず月額金一万八〇〇〇円の役職手当を支給し、時間外・深夜・休日勤務に対する賃金は支給しなかったが、これは、本件支給除外規定及び慣行に従った取扱であったこと。なお、右の如き支給除外規定等のない職長に対しては、被告は、月額金五〇〇〇円の役職手当を支給し、かつ、本件支給規定に従った時間外・深夜・休日勤務手当も支給していたこと。

(2) 原告が右課長昇進後も、その職務内容・給料・勤務時間の取扱は従前とほとんど差異がなかったが、課長昇進に伴ない、本件支給規定所定の時間外・深夜・休日勤務の手当が不支給となり、右課長の役職手当が支給されることに取扱が変わったこと。右取扱の変更につき、当時、被告は原告に対し何ら説明をしていないこと。

(3) 原告の場合、当時、毎月の時間外・深夜・休日勤務に本件支給規定所定の手当を支給すると、右課長の役職手当の数倍になること。

(4) 原告は、右課長昇進に伴なう取扱の変更を、被告が原告に対する右時間外等の勤務手当の支給にかえて定額の役職手当の支給で済ます為のものと認識して、本訴を含むその後の行動を取ったと推認されること。

(二) また、前記3(一)によれば、本件労働協約上、時間外等の勤務に対する賃金について前記二つの体系が定められていて、役職手当と時間外・深夜・休日勤務手当とは、職長を除き、いずれか一方しか支給されないものであって、職長以外は両方を支給することは予定されていない趣旨とみられる。

(検討)

(一) 右役職手当は、その名称からすれば、役職者以外の者とは仕事上の責任等に差異のある役職者の職務に対し支給される賃金、と一般にはみられるものである。

(二) しかしながら、右前提事実に照らすと、原告に対する関係では、原告の職務内容(質及び量)・給料・勤務時間の取扱が課長昇進前後で殆んど差異がなかったのであるから、右役職手当を課長としての職務に対し支給された賃金とは看做し難く、被告の意図は別として右原告の認識に従っても、実質的には、原告の当時の時間外・深夜・休日手当分の定額打切支給分というべき性質が強いものであったということができる。

(三) これに加えて、本件労働協約は、課長の役職手当と時間外・深夜・休日勤務手当の双方の支給を受けることを、予定しておらず、そのような待遇は本件労働協約の趣旨に反するとみられる。

(四) そうであれば、原告が支給された前記右役職手当分計金四三万二〇〇〇円は原告の関係では、すべて時間外・深夜・休日勤務手当に相当する手当であったと評価するのが合理的である。

(五) 従って、右役職手当分計金四三万二〇〇〇円の支給は、原告の前記1で算定した時間外・深夜・休日勤務手当の一部弁済ということができる。

3  従って、右1の時間外・深夜・休日勤務手当合計金二六六万一一九〇円から右2の一部弁済金四三万二〇〇〇円を控除すると、残額は金二二二万九一九〇円と算定される。

四  結論

以上によれば、本件主張立証上、原告はその請求債権のうち、被告に対し、昭和五四年八月から昭和五六年七月までの間の被告における時間外・深夜・休日勤務手当(本件労働協約所定のもの)合計金の残金二二二万九一九〇円とその遅延損害金(訴状送達の翌日であることが一件記録上明らかな昭和五六年一〇月一日起算、民法所定年五分の割合によるもの)との支払を求める限度で、その権利を認めることができる。

よって、原告の本訴請求は、右限度で理由があり、その余は理由がないから、一部認容一部棄却とし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条に、仮執行宣言につき同法一九六条に、各従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 千徳輝夫)

割増賃金表(被告計算分)

〈省略〉

割増賃金表(原告計算分)

〈省略〉

勤務時間表

〈省略〉

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